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名古屋高等裁判所 昭和50年(う)150号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人上田孝造、同相澤登喜男連名の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反等の論旨)について。

まず、記録によれば、被告人及び原審相被告人石川卓夫に対する昭和四八年一二月一七日付起訴状記載の傷害の公訴事実は

「第一 被告人石川卓夫は、水谷良三から、同人が富士船舶株式会社代表取締役植田勉(当時四四年)に融資した会社経営資金の取立交渉を依頼されていたが、右植田にその誠意がなかったところから同人に制裁を加えることを企て、水谷良三らと共謀のうえ

一  昭和四八年八月一二日夜、山田久一をして植田勉を愛知県幡豆郡一色町大字一色字亥新田一六二番地小料理店酒場こと小林三春方に呼び出したうえ、同町亥新田一八五番地先路上に連れ出し、同日午後八時ころ、同所において、右植田に対し、水谷良三が、小林虎雄、中根由多加らと相共に、こもごも顔面を手拳で殴打し、身体各所を足蹴にするなどの暴行を加え

二  同日午後一一時三〇分ころ、岡崎市明大寺町字坂下一一番地の二〇〇の被告人石川の自宅応接間および表路上において、前記暴行を受けて山田久一に連行されてきた右植田に対し、被告人石川が金安弘、岩月全、手嶋良治らと相共に、こもごもその顔面を手拳で殴打し、身体各所を足蹴にしたり、足で踏みつけるなどの暴行を加え

よって植田勉に対し、加療約三か月半を要する右胸部打撲傷後胎症および6」歯冠破折の傷害を負わせ

第二 被告人金安弘は、石川卓夫、岩月全、手嶋良治らと共謀のうえ、前記第一の二記載の日時、場所において、右植田に対し、こもごも手拳で顔面を殴打し、身体各所を足蹴にするなどの暴行を加え、よって同人に加療約三か月半を要する右胸部打撲傷後胎症および6」歯冠破折の傷害を負わせたものである。」

というものであるところ、原審第一五回公判期日において、検察官が、右公訴事実第二の記載中「被告人金安弘は、石川卓夫、岩月全、手嶋良治らと共謀のうえ」とあるのを「被告人金安弘は、右第一記載の諸事情を了知のうえ、石川卓夫らに加担する意思をもって、石川卓夫、岩月全、手嶋良治らと共謀のうえ」と訂正する旨を申し立て、原審がこれを許可したこと、原判決は、右訂正後の公訴事実と同旨の事実を認定していることが明らかである。

所論は、右訂正によれば、罪となるべき事実の一部である共謀の点について、起訴状記載の意味、内容、法的効果を全面的に改変し、構成要件に変更を招来することになるから、このような起訴状の訂正は到底許されるものではない。原審が右訂正を許した点において、その訴訟手続に法令の違反があり、この違反は、被告人の防禦に不利益をもたらすものであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかである、また、原判決が、右訂正後の公訴事実と同旨の事実を認定したことは、審判の請求を受けない事件について判決をしたことに帰着し、違法である、というのである。

なるほど、右訂正前の訴因と訂正後の訴因とを対比してみると、前者は、被告人が前記公訴事実第二の事実についてのみ通常の共同正犯としての責任が問われているのに対し、後者は、いわゆる承継的共同正犯として、同第一の一の石川卓夫らの犯行(先行行為)についても共犯者としての責任があるとされているのであって、両者は、明らかに共謀の態様を異にするばかりでなく、犯罪成立の範囲を著しく異にするものであるから、このような重要な事実関係を変更するには、訴因の変更手続を要するものというべきである。しかし、記録によれば、原審は、第一五回公判期日において、弁護人が、本件傷害の訴因について、同時犯、承継的共同正犯等の要件は認められず、傷害罪は成立しない旨主張したところから、傷害の訴因について簡易公判手続を取消し、公判手続を更新していること、検察官の前記起訴状訂正の申立に対し、弁護人から異議の申立がなく、これを許可したものであること、前記起訴状第一の一、二及び第二の記載を通読すれば、被告人に対する傷害の訴因が、承継的共同正犯もしくは同時犯の趣旨であることが窺知できなくはないこと等が認められ、これによれば、原審における起訴状訂正の手続は、訴因の変更手続と実質的に異なるところがなく、被告人の防禦に実質的な不利益を生じさせたものとは認められないから、原審の右手続に、判決に影響を及ぼすべき法令違反があるということはできないし、原判決が、右訂正後の公訴事実と同旨の事実を認定したことをもって、審判の請求を受けない事件について判決をしたものということもできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認、法令適用の誤りの論旨)について。

所論の要旨は、原判決には、原判示第一の傷害の事実中、共謀及び傷害の部位、程度の点につき、事実の誤認があり、本件の場合承継的共同正犯の成立は認められないし、刑法二〇七条を適用する余地もなく、被告人の所為は暴行罪を構成するにすぎないから、原判決がこれを傷害罪に問擬したのは、法律の適用を誤まったものである、というのである。

しかしながら、≪証拠省略≫によれば、被告人は、原判示第一の犯行以前に、水谷良三が石川卓夫に対し「植田は貸した金を返さないばかりか、会いに行っても居留守を使って会わない」などと話していたことや、石川、水谷が石川の舎弟分の山田久一を交えて、植田を呼び出すべく相談していたことを知っていたばかりでなく、本件犯行当夜石川から、山田に電話をかけて植田を石川方へ連れてくるように連絡せよとの指示を受けたことなどから、山田が石川の命によって植田を呼び出しに行き、同人を石川方に連れてくることになっていることを察知したこと、同日午後八時ころ、山田が呼び出して来た植田に対し、水谷らが原判示のとおり一色町内で暴行を加えたのであるが、その後被告人は、右暴行現場付近の飲食店にいた山田と電話で話した際、山田から、植田がすでに同町内で山田の同行者らから相当激しい暴行の制裁を受けて弱っているので、植田を石川方に連れて行くのは次の機会にしたらどうかと言われたが、被告人は、植田を石川方に連れてくれば、重ねて暴行が加えられることを知りながら、山田に対し、組長(石川)の指示だから連れてくるようにと伝え、同日午後一一時ころ、山田が連行して来た植田に対し、石川らと共に原判示のとおり暴行を加えたこと、以上の各暴行により植田に対し原判示の傷害を負わせたことが明らかである。そして、右認定の事実に徴すれば、被告人は、石川、水谷、山田らが、植田に対し暴行を加えることを共謀のうえ、水谷らが、原判示の一色町内において、植田に対して暴行を加えたことを認識しながら、石川が重ねて同人に暴行を加えようとした際、この一連の犯行に加担する意思で、石川らと意思相通じたうえ、原判示の石川方応接間及び同人方前路上において、植田に対し、原判示のとおり暴行を加えたものであると認められ、このよう場合なは、被告人は、犯行介入前の暴行についても共同正犯としての罪責を負うものと解するのが相当であるから、原判示の傷害が、被告人の介入の前後いずれの暴行によって生じたか明らかでないとしても、被告人は傷害罪の罪責を免れず、原判決のこの点に関する事実認定及び法律適用に誤りは存しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(量刑不当の論旨)について。

所論にかんがみ、検討するに、証拠上認められる本件各犯行の動機、態様のほか、被告人の性行、経歴、前科等諸般の情状を考慮すると、原判決の量刑は、相当として是認すべきである。所論のうち肯認できる事情を斟酌しても、原判決の量刑が不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤壽 裁判官 伊澤行夫 上野精)

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